診察を3日後に控えた頃、急にご飯が食べれるようになった。
「もしかして、また流産?」と思いながらも、マタニティ本を見て「つわりのピークがそろそろ終わったのかも?」と自分を勇気付ける。
妊娠10W1D(2005年2月18日)、産婦人科へ。
前の経緯から言ってもその日が山場であると思っていたので、仕事で外回りをしている旦那に診察の時だけ付き添ってもらうことにした。
今までにない緊張感。
待合室で旦那を待つが、待てど暮らせど来ない。
イライラとドキドキが一緒くたになり、また吐きそうな気分。
旦那が来ないうちに結局エコー台に乗った。
エコーの画面が映し出された瞬間、全身が硬直した。
白いチカチカが見えない・・・
先生が口を開く前に、「流産だ。」と自分で確信を持った。
先生は何も言わないまま暫くエコーを続ける。
そして「おかしいなぁ・・・見えませんね・・・」と言った。
先生もまさか二回も流産するとは思ってなかったらしい。
納得のいかない様子で診察室へ入るように言われる。

エコー台から降りた瞬間、「まただ・・・」と思い立ちくらみに襲われる。
「頑張ったのに・・・もう疲れた・・・こんな人生もういらない・・・」そう思う。
診察室に入って、前回と同じく3日後にもう一度診察してみると説明を受ける。
でも、もう奇跡なんて信じておらず、事実上流産の確定診断だと思っていた。
この時はまだ放心状態で、涙も出やしなかった。
診察室を出て旦那にメールした。
『またダメだった』それがその時の私に打てる精一杯の文章だった。
妊婦が集う幸せ空間を、涙も見せずに通り過ぎる。
「絶対にここでは泣かない。」そんな思いもあったように思う。
外の待合で下からエスカレーターを一段飛ばしに駆けて上ってくる旦那を発見。
その瞬間「またあの人を父親にしてあげられなかった」という思いがこみ上げてきて涙が止まらなくなった。
私が涙にくれているのを見て、顔が曇る旦那。
(後で聞くと『ダメだったメール』は自分が診察に遅れたことに対する、私の悪い冗談メールだと思っていたらしい。私が泣いているのを見て初めて本当のことだと思ったとか。旦那もまさか2回も流産するなんて、夢にも思ってなかったのだ。)
泣き崩れる私を支え、旦那が会計を終わらせ、二人で外へ。
とりあえず喫茶店で落ち着こうと旦那が周囲を探す。
その後ろ姿を見てみると、シワの入った旦那のスーツ。
「この人をほったらかしてまで頑張った結果がこれか。この人に申し訳なさすぎる・・・」
そう思うと更に泣けてきた。
喫茶店で悲しみや頑張りが報われなかったことへの恨みつらみを涙とともに吐き出して、旦那はまた仕事へと戻り、私は1人で帰宅した。